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福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)154号 判決 1981年9月09日

控訴人

第一生命保険相互会社

右代表者

牧山公郎

右訴訟代理人

中村敏夫

山近道宣

控訴人

安田生命保険相互会社

右代表者

水野衛夫

右訴訟代理人

小林資明

控訴人

高森洋子

右訴訟代理人

古城敏雄

被控訴人

野村美奈子

被控訴人

野村久美子

右久美子法定代理人後見人

野村ハナ

右被控訴人ら両名訴訟代理人

木村一八郎

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(控訴人ら)

主文同旨の判決

(被控訴人ら)

「本件控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決(ただし、当審において、控訴人第一生命保険相互会社及び同安田生命保険相互会社に対する各付帯請求の金員の割合を、年六分から年五分に減縮した。)

第二  各当事者の主張

一  被控訴人の請求の原因

1  被控訴人ら両名の父野村弘記(以下弘記という。)は、大分県医師会の会員であつたが、同医師会会長杉村進は、控訴人第一生命保険相互会社(以下控訴人第一生命という。)との間で昭和五一年一〇月一日別紙第一目録記載の、控訴人安田生命保険相互会社(以下控訴人安田生命という。)との間で昭和四八年七月一日別紙第二目録記載の、各団体定期保険契約を締結した。右各保険契約の期間は一年間であるが、期間満了後も更新され、控訴人第一生命との間では昭和五四年一〇月一日に、控訴人安田生命との間では同年七月一日に各更新されている。

2  昭和五五年一月二〇日右各保険契約の被保険者弘記は死亡した。また、右各保険契約において、保険金受取人は「妻、野村洋子」と指定されていたところ、右各契約が最初に締結された当時弘記の妻であつた控訴人高森洋子(以下控訴人洋子という。)は、昭和五三年五月二三日弘記と離婚し、同年一一月二四日高森紀郎と婚姻して現在高森姓となつている。

3  弘記において、保険金受取人を「妻野村洋子」と指定している以上、離婚によつて妻の地位を失つた控訴人洋子を指定したと解することは許されず、同人には保険金受取人としての資格も権利もない。このように解したとしても、保険金支払の際、被保険者の死亡当時同人に妻がいたか否かは容易に判明するのであるから、保険制度の運用に困難を来たすとは思われない。しかも、本件保険契約が最後に更新された昭和五四年当時弘記には妻がいなかつたのであるから、控訴人洋子が保険金受取人となるには、「高森洋子」と指定されることが必要であると解される。

弘記の意思を考えてみても、弘記と控訴人洋子が離婚した原因は、同人が昭和五二年頃から高森紀郎と情交関係を結び弘記及び被控訴人らを捨てて高森紀郎の許へ奔つたことによるものであり、弘記が保険金受取人として控訴人洋子を指定したのは、同人が妻であり被控訴人らの母であつて、弘記の死後被控訴人らの監護養育にあたることを期待し、これを前提としたからであり、控訴人洋子が不貞をはたらき、他男と婚姻してもなお保険金受取人とする意思ではなかつたことは疑いがなく、事情変更の原則により控訴人洋子の保険金受取人たる地位は、離婚によつて当然に失われたと解される。

また、保険金受取人の変更は、被保険者の調査を得て保険契約者が行うこととなつており、その旨の書面による通知のない限り保険者に対抗出来ない旨の約款が存在するけれども、保険金受取人の指定を取り消す権利は、弘記の死亡により被控訴人ら両名がこれを相続したので、本訴状により右の指定を取り消す意思表示をする。

4  よつて、被控訴人ら両名は、控訴人第一生命及び同安田生命に対し、本件各保険金に本訴状送達の日の翌日である昭和五五年四月二九日からその完済まで、民法所定五分の割合による遅延損害金を付加して支払うことを求め、控訴人洋子は本件保険金請求権の帰属を争うので、同人にこれが属しないことの確認を求める。

二  控訴人らの答弁

(控訴人第一生命)

1 請求原因第1項記載の事実中、控訴人安田生命関係の事実は不知、その余は認める。

2 同第2項記載の事実中、控訴人洋子が高森紀郎と婚姻して現在高森姓であることは不知、その余は認める。

3 同第3項の主張は争う。

生命保険契約は、大量的附合契約であり、保険金受取人の指定の解釈も契約申込書の記載から合理的な解釈をすべきである。保険金受取人が、単に「被保険者の妻」とのみ指定されている場合は格別、「被保険者の妻、野村洋子」と指定されている場合は、「被保険者の妻」の記載は「野村洋子」を特定するためのものにすぎず、被保険者死亡の時野村洋子が被保険者の妻でなくなつていても、指定のとき妻であつた野村洋子が保険金受取人であることに変わりはない。

約款三四条により、弘記は医師会会長を通じて保険金受取人を変更しうるのであり、野村洋子が被保険者の妻であることが必要であるというなら、離婚の際これを変更すれば足りる。被保険者の個別の事情によりその意思を推察して保険金受取人が定まるとすれば、保険者は保険金支払の都度個々の判断を迫られ、最終の判断を裁判所に仰ぐこととなり、かえつて取引の安全を害する。

なお、保険金受取人の決定、変更権者は保険契約者である。

(控訴人安田生命)

1 請求原因第1項記載の事実は認める。

2 同第2項中、弘記と控訴人洋子との離婚、控訴人洋子と高森紀郎との婚姻の事実は不知、その余は認める。

3 同第3項の主張は争う。

保険金受取人の指定にあたり、続柄と氏名を併記させる場合があるが、この場合の続柄の記載は単に保険金受取人を特定するためのものにすぎず、続柄が変わつても当然に受取人の変動を来たすものではない。長期にわたつて存続する保険契約においては、契約成立後諸般の事情が変化し、保険契約者、被保険者の意思として、当初指定した保険金受取人を変更したい事態が発生することがあり、これを変更する権利が認められているが、約款に、「保険契約者は、被保険者の同意を得て死亡保険金受取人を指定し、または変更することができます。前項の指定または変更は、その旨を当会社に書面で通知してからでなければ、当会社に対抗することはできません。」と明示してあるように、保険金受取人の変更には形式的、確定的な手続が要求され、このような手続なしに保険金受取人が変更されるものとすると、あらゆる場合に保険契約者らの真意を忖度せざるを得ないこととなり、大量の保険契約を画一的に処理する保険者として、到底その煩に耐えられない。

(控訴人洋子)

1 請求原因第1項記載の事実は認める、ただし、保険金受取人の表示については、次項で述べるとおりである。

2 同第2項記載の事実は、保険金受取人が「妻、野村洋子」と指定されていたとの点を除いて認める。保険金受取人欄には単に「野村洋子」と記載されていたものであり、その後の続柄欄に「妻」との記載がなされている。

3 同第3項の主張は争う。

保険金受取人の指定につき続柄欄が設けられているのは、その同一性を判断するうえでの資料にするためである。保険金受取人の変更は約款により書面で通知しなければならないこととなつており、大量の保険契約を処理するうえで、その手続は厳格かつ画一的になされねばならないのであり、被保険者の意思を推測したりその愛情や信頼といつた要素を重視するべきではない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一控訴人第一生命、同安田生命に対する請求について

1  被控訴人らと控訴人安田生命との間においては請求の原因第1項記載の事実は争いがなく、被控訴人らと控訴人第一生命との間においては、同項中控訴人第一生命関係部分の事実は争いがない。また、同第2項記載の事実中、弘記が昭和五五年一月二〇日死亡したことは各当事者間に争いがなく、本件各保険契約が最初に締結された当時夫婦であつた弘記と控訴人洋子とが昭和五三年五月二三日離婚したことは被控訴人らと控訴人第一生命との間においては争いがなく、被控訴人らと控訴人安田生命との間においてはその成立に争いのない甲第一号及び弁論の全趣旨によつて認めることができ、更に、控訴人洋子が被控訴人ら主張のとおり高森紀郎と婚姻して現在高森姓になつていることは弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

2  被控訴人らは、本件各保険契約において、保険金受取人が「妻、野村洋子」と指定されていることから、控訴人洋子が離婚して弘記の妻の地位を失つた以上、控訴人洋子には保険金受取人としての資格、権利がなく、弘記の意思からしても事情の変更により控訴人洋子は保険金受取人としての地位を失つたと解するべきであると主張する。

判旨しかしながら、<証拠>によれば、本件団体定期保険普通保険約款の第三四条には、保険契約者は、被保険者の同意を得て死亡保険金受取人を指定しまたは変更することができ、併せて右指定または変更は、その旨を保険者に書面で通知してからでなければ同人に対抗しえない旨が定められていることを認めることができるところ、このように書面により保険金受取人の指定、変更をすべき旨が定められているのは、これが誰であるかをできる限り明確ならしめようとの配慮に基づくものと考えられ、右書面に保険金受取人として被保険者との続柄及び氏名が併記されている場合には、その続柄の記載は保険金受取人を特定するためのものにすぎないと解するのが相当である。これを本件に即していえば、更新、継続された本件保険契約の当初において保険金受取人として、被保険者弘記の妻であつた控訴人洋子が「妻、野村洋子」として指定されている以上、その後同人が離婚して弘記の妻ではなくなつたとしても、依然として控訴人洋子が保険金受取人であるといわなければならない。けだし、定型的な多数の取引を必然的に要求する保険制度においては、保険事故発生の場合の保険金受取人が誰であるかについては当該保険契約の締結にあたり保険金受取人を指定または変更した保険契約者の表示行為を合理的に解釈してこれを確定すべきであつて、被保険者等の個別的な事情によりその意思を忖度して定めるべきでないことは当然であり、事情の変更により保険金受取人を変更したいという場合には前記の手続によつてこれを変更することができるのであるから、前記の約款に定められているとおり書面による明確な手続によつてこれをなすべきことを求められてもやむを得ないことであつて、このような変更手続をすることなしに一旦指定された保険金受取人の地位が変動すると考えることはできない(もとより、保険金受取人が単に「被保険者の妻」というように続柄のみによつて指定された場合は別論である。)。控訴人洋子が弘記と離婚し、高森紀郎と再婚するに至つた事情が如何ようにもあれ、この点についての被控訴人らの前記主張を採用する余地はない。

なお、被控訴人らは、弘記の死亡によつて保険金受取人の指定を取り消す権利を相続したので、保険金受取人を控訴人洋子とする指定を取り消す意思表示をすると主張するが、約款のうえで保険金受取人の指定、変更は保険契約者がこれを行うことになつていることは被控訴人らが自認するところであるのみならず、被保険者の死亡という保険事故が発生したときは、指定された保険金受取人の保険金請求権はこれにより確定するものであつて、被保険者の相続人に当該指定を取り消す権利があるとは到底解されないので、この点の被控訴人らの主張も採用することはできない。

結局、被控訴人らの控訴人第一生命、同安田生命に対する請求は理由がない。

二控訴人洋子に対する請求について

1  請求原因第1、2項記載の事実は、控訴人洋子において、保険金受取人の表示につき、該当欄には単に「野村洋子」と表示されており、その続柄欄に「妻」との記載がなされている旨これを争うほか、当事者に争いがない。

2  被控訴人らは、控訴人第一生命、同安田生命に対するのと同様、控訴人洋子は保険金受取人としての地位を失つたと主張するけれども、保険金受取人として被控訴人らのいうとおりの表示があつたにしても被控訴人らの主張を採用する余地がないことは既に説示したとおりであり、これが控訴人洋子のいうとおりの表示であつたにせよ、既に説示したところと同様に解するべきであるから、この点の被控訴人らの主張は失当である。

また、被控訴人らの保険金受取人の指定を取り消す旨の意思表示をするとの主張についても、これが採用しえないことは既に説示したとおりである。

被控訴人らの控訴人洋子に対する請求も理由がない。

三結論

以上の次第で、被控訴人らの本訴請求は、いずれも理由がないからこれを失当として棄却すべきところ、これを認容した原判決は不当であるからこれを取り消したうえ被控訴人らの請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(美山和義 前川鉄郎 川畑耕平)

別紙第一目録、第二目録<省略>

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